2012年01月31日

消費税ショックに備えよう

東日本大震災で被害に遭われた方に、心からお見舞い申し上げます。
そして、少しでも早く立ち直ることができることをお祈りしています。

震災を振り返ると、今となっては、どうして、M9クラスの地震に想像が及ばなかったのか、悔やまれます。
災害に備えるには、根気強い調査と、想像力が大切だと思い知らされました。

我々は、被災者に思いをはせる一方、前を向かなければいけません。糧を得ることによって、この国の復興、被災者への支援につなげるためです。

そして、今、前を向いたときに、また大きな衝撃が日本を襲おうとしていることに気づきます。

消費税増税を柱とした、国民負担増大です。

失業率が高止まりし、産業の空洞化が進むなど、国民生活に余裕がなくなってきている中で、大打撃を与えることが予測されます。例えば、食費や衣料費、ガソリン代など、消費税のかかる買い物を月々105,000円している家庭では、税率5%から、10%に上昇すれば、毎月の負担額が5,000円から9,545円へ、4,545円増えます。

増税ばかりではありません。膨らみ続ける日本国債は常に暴落の危険性をはらみ、世界に目を向ければ、欧州危機に端を発した世界失速の瀬戸際にいます。

このようなネガティブな情報に接すると、解決すべき課題の大きさに、途方に暮れます。しかし、私たちは、子供たちのために、今、踏んばらなければいけません。

民主党は、2014年4月から段階的に消費税率を上げる見通しを示しました。まだ2年あります。今、私たちがしなければいけないことは、東日本大震災を教訓に、可能な限り情報を集め、起こり得る事態を想定し、
より安全に乗り切るために智恵を絞ることだと思います。その取りまとめ役を果たさなければいけないのが「新聞」だと思っています。

そして、限られた時間の中で、より具体的で有効な解決策を見出すために、新聞記事は、「社会経営」の視点に磨きをかけるべきだという思いを強くしています。それは、社会の抱える課題に対して、優先順位を示すことと、解決への様々な糸口を示すこと、落としどころを示すこと、などと言い換えられると思います。

誤解を恐れずに書き込めば、新聞は旧約聖書に登場する「ノア」となり、この困難な時代に、より多くの人々を避難させるための「箱舟」を示さなければいけないと思っています。

産業政策研究会の第一期による研究を引き継ぎ、第二期がスタートしました。我々、第二期メンバーに求められていることは、新聞産業の問題解決のために、より具体的で有効な報告をまとめることではないか、と思っています。それには、まずは、「経営」という視点から各新聞社を見つめ直すことが近道であると考えています。それと同時に、私個人としては、新聞が今以上に読者の問題解決に貢献できるよう、記事にも「社会経営」の視点をさらに取り入れるよう訴え続けていきたい、と思っています。(惑)


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2012年01月30日

私のプロフィール(惑)

九州に生まれ育ち、地元の地方紙で働いています。記者6年、整理部6年を経て、経理部4年目です。数字を見ると眠くなる、という経理部員としては致命的な体質と闘いながら、会社の経営安定化に知恵を絞っています。妻1人、娘2人。趣味は週1回のバスケットです。

記者としては鳴かず飛ばずで、「なぜお前は記事を書かないんだ」と叱られ続けた時代もありました。人間関係への不満も多少はあったものの、今振り返ると、単なる甘えだった気がします。当時は、会社の同僚と会うのが憂鬱で、自分の体と心がこわばる感覚に我ながら驚きました。

経理部に来てしばらくすると、「君は変わったねえ」と言われるようになりました。自分の中でも、何だか自信が増してくるのが分かりました。実務を学び、世の中の仕組みが徐々に分かる実感と、会社の数字を見て、社内で言われていることと事実が違うことを知った点などが原因かな、と思います。わが社の社員約300人のうちに編集は150人いますが、経理部員は4人しかいません。責任が大きい分、やりがいを感じています。

また、経理や総務分野には、社会人として記者が知っておくべきことが沢山あることに気づき、伝えなければいけないと思うようになりました。それから、同期会などで、社会保障負担のほか、社員の年齢構成や将来的な退職金問題、会社の業績推移や支出の改善案など、中身に気を付けながらも、共有するように努めました。

新聞業に限らず、問題の発見や改善は、現場にしかできません。過去を振り返ると、組合は会社に問題提起をして、解決を求めていましたが、今は、組合が問題とともに解決策を提起するべきだと思います。そして、会社には、それを受け入れる度量が必要だと思います。

今年で「不惑」となりますが、惑いまくりです。ですからペンネームは「不不惑」としたかったのですが、シンプルに「惑」を選びました。メーカーや金融、医療、教育、行政をはじめ、その他もろもろの現場で、歯を食いしばって頑張っている同世代の仲間たちと同じように、新聞業界の中堅として、日本を支えたいと思っています。この点に関しては、惑わず、突っ走ります。(惑)


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2012年01月28日

はじめまして(大日方=おびなた)

はじめまして、新潟日報労組の大日方です。「おびなた」と読みます。

よく「大日向」と書き間違えられますが、正しくは「大日方」です。

1968(昭和43)年、会津生まれの信州育ちです。

1993年3月にスクールカラーがオレンジ色の首都圏の某私立大学を卒業し、同年4月に新潟の地方紙に入りました。これまで糸魚川支局や本社の報道部、整理部、上越支社報道部などを経験しました。

信州の実家は北アルプスを一望できる標高700メートルの山中にあり、新聞が昼ごろ郵送で届く過疎地で育ちました。周りにはうちの実家含め3軒しか民家がありません。いまでは70歳を過ぎたオフクロが集落最年少です。

長野市で自炊下宿をしていた高校時代だったか、村の有志が東京ドームを借り切って24時間のマラソン野球大会を企画しまして、地元紙・信濃毎日新聞に大きく取り上げられました。普段、新聞に載るようなことがない村ですから、みんなが元気づけられました。小さな村で一生懸命努力している人たちに光を当てたいなぁ。そんな動機で新聞社の扉を叩きました。

そして、20年近く新聞づくりをしてきましたら様々な課題が見えてきました。産政研の活動を通して新聞のあすにつながるヒントを探って参ります。

ちなみに趣味は山登り、農作業、寄席・歌舞伎・映画観賞。特技はサッカー4級審判員とそば打ちです。カラオケに行くと河島英五の「時代おくれ」、尾形大作の「吉田松陰」を歌います。杉良太郎の「明日の詩」も好きです。栃木市出身の妻と小3、小1の男児と4人暮らしです。


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2012年01月27日

はじめまして(てつ)

はじめまして
「てつ」こと野沢哲也と申します
所属は朝日新聞労組。長野の信濃毎日新聞で約9年勤めた後、朝日に移ってちょうど10年になります

新聞記者になったのは1993年。記事はワープロ、写真は手焼きという時代でした
朝日新聞に初めて「インターネット」という言葉が登場したのも1993年。まさかこの“同期”が自分の仕事を脅かすほどの存在に化けるとは…

「新聞」がないと困る若者は今ほとんどいません。でも、その若者の多くは「情報」がなければ1時間だって耐えられないはずです
「情報屋」としては無限のニーズを感じるのに、「新聞屋」としては衰退の一途をたどっている
このジレンマから抜け出す手がかりがほしくて、産政研の門をたたきました
もちろんまだ答えは見つかりませんが、危機感を共有するメンバーと真剣な議論を重ねていけば、何かが見えてきそうな予感はしています

ブログをご覧の外部の方からも、ぜひ率直なご意見を寄せていただき、私たちの議論に刺激を与えてください
よろしくお願いします

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2012年01月26日

第4回例会・川名氏、佐藤氏が講演(1月21−22日)

2012年1月21-22日の例会の模様をお知らせします。

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 新聞労連産業政策研究会は1月21、22の両日、労連本部で第4回例会を開いた。博報堂の川名周エンゲージメントプランニング局長と河北新報の佐藤和文メディア局長が講演したほか、今夏に作成予定の中間報告書の概要などについて検討した。

 日本新聞協会の「『私の提言』明日の新聞広告・新聞ビジネス」コンクール選考委員を務める川名氏は「知には『自分ごと』『仲間ごと』『世間ごと』と三つのフィールドがある」「広告は、自己表現型の『to C(企業から生活者へ)から、関係構築型の『with C』(企業が生活者とともに)の発想が主流となった」と指摘し、広告費がかつての8割まで減少した現状を背景に「特に新聞は厳しい。今後は業界変革が必要」と語った。

 さらに、自らが審査員を務める世界最高峰の広告祭・カンヌフェスティバルの受賞作品について、金賞を受けた岩手日報社の個人号外発行システム「IWATTE」(イワッテ)などを紹介しながら「新聞は『社会ごと』(世論)を作り、(さまざまな課題を)社会に問うことができるメディア」と存在意義を強調した。

 佐藤氏は「3・11(東日本大震災)での若い記者の頑張りを見て、新聞社のメーンのエンジンは、ネット系からみれば動いていなかっただけと感じた。これが動けば、新しいメディアとして生まれ変わる可能性がある。エンジンフル稼働の条件は伝統的マスメディアへの批判、新聞批判にすべて答えることだ」「震災以降、ソーシャルメディアの重要性が増している。地域に根ざしたハイパーローカルジャーナリズムが必要だ」などと述べた。

 協議では、労連加盟単組に実施する産研アンケートの内容を精査した。また、中間報告書で「消費税増税」「震災とメディア」「地域貢献」「SNSとハイパーローカル」「M&A」などのテーマを中心に扱う方向性を確認した。次の例会は3月17日に開催予定。

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2012年01月25日

あらためてのごあいさつです(MOT)

当ブログをご覧下さっている皆さまへ

産政研第2期の発足から早くも4カ月、遅まきながら
あらためてごあいさつさせていただきます。
MOTこと櫛引と申します。所属単組は青森・
東奥日報労組です。職場は、ほとんどを編集畑で
過ごし、現在はネット関連部署に在籍しています。

第1期から居残った上に最年長−という事情で
座長を仰せつかっております。
(第1期の活動では「総論」「ジャーナリズム」
「NIE」「読者ニーズ」などをテーマに研究活動を
行っておりました)

もともと、大学で地球科学をかじり、社会人学生として
社会科学にも首を突っ込んだ経験から、そして
何よりも東北在住という立場から、第2期は
「震災とメディア」を中心に研究を進めています。

人口減少やさまざまな格差の拡大、国の財政危機など、
日本が歴史的な曲がり角に差し掛かっていたところへ、
今回の東日本大震災が発生しました。しかも、
日本一帯の地殻が不安定になり、連鎖的に地震災害が
起きる危険性も指摘されています。

こんな時、新聞は誰のため、何をすればいいのか、
何をしてはいけないのか。さまざまな角度から考え続けて
おります。

研究の成果は随時、当ブログその他でエッセンスを
お伝えしていく予定です。そして夏までには中間報告書を
作成する予定です。

𠮟咤激励、ご批判、情報提供などを賜れば幸いです。

MOT/櫛引素夫(東奥日報労組)


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2012年01月20日

「限界集落の真実」(山下祐介著)

少し手前味噌の話題になりますが、本を1冊、紹介させていただきます。

○筑摩書房「限界集落の真実 ─過疎の村は消えるか?」
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480066480/
”消滅しそうな集落などいったいどこにあるのか?−「限界集落はどこも消滅寸前」は嘘である。危機を煽り立てるだけの報道や、カネによる解決に終始する政府の過疎対策の誤りを正し、真の地域再生とは何かを考える。”

☆筆者のブログ−「『限界集落の真実 村は消えるか?』(ちくま新書)刊行します」
http://yamasso.blog63.fc2.com/blog-entry-77.html

この本は、ある新聞社の年間企画連載「ここに生きる」(2008−09年に掲載)を、一つの核として生まれました。そして、私はこの連載の取材・執筆に携わりました。

企画そのものが、地方紙ではあまり例のない「共同作業(コラボレーション)」でした。大学研究者と地方紙記者が手を携えたら、何ができるのか−。そんな視点が、企画誕生の発端でした。発案者は、本書の著書・山下祐介首都大学准教授(元弘前大学人文学部准教授、現・非常勤講師)です。

彼は、国内各地の山村・漁村を歩き、自分の目で確かめた事実・人々の言葉に、統計的なデータを組み合わせて、高齢化と過疎が進行する地域の現実を、適切に描こうと努めていました。そして、山村や漁村の未来を切り開こうとしていました。

一方、地方紙は地元読者に寄り添うことを目指し、どんな山奥でも新聞を届けます。でも、そこに住む人たちの視点、生活感覚を紙面に反映させられているか。何よりも、山村・漁村や「限界集落」の現状と将来像をどこまで適切に把握し、課題解決に向けて「言論の場」を設定できているのか。かねてから、個人的にとても心細い思いを抱いていました。

詳しくは、本書を手に取り、そして読み込んでいただきたいのですが、取材を通じて、私には非常に大きな発見がいくつもありました。

「限界集落といっても、西日本と東日本・北日本とでは、様相が大きく異なる。その事実自体を、ほとんどの人が知らない」
「多くの人の努力やつながりが、この瞬間にも、さまざまな暮らしと環境を守っている」
「行政や研究者、記者にはできないことがたくさんある。住民自らの力が最初で最大のカギ」

(当初は共著・出版の構想もありましたが、諸事情から、山下先生執筆部分について、全面的な改稿を経て単著になりました。結果的に、適切な展開だったと振り返っています)

見通しの利かない、少子化・高齢化・人口偏在が進む日本の中で、ローカル・メディア、ローカル・ジャーナリズムはどう生きていけばいいのか。誰とどう手を携えればいいのか。本書には、多くのヒントが記されているはずです。

逆に、このような視点に立つことなく、読者や広告主を「収入源」としてしか捉えられないなら…。行き先はどこでしょう。私たちは、誰にために何をしているのか。本書を手に、あらためて考え込んでいます。(MOT)

※追記 本書では、青森県のほか秋田、新潟、鹿児島、島根、京都、鹿児島など多くの県の集落を扱っています。
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2012年01月19日

コダックと新聞

はじめまして、第2期から活動に参加しております、高知新聞の明神と申します。

産政研では、考えたいテーマが多すぎて混乱の毎日ですが、任期内には、何か一つでも研究成果を上げたいと思っています。

個人的なことを言えば、カメラが趣味です。カメラといえば、こんなニュースが飛び込んできました。

米コダック、破産法第11条による事業再編を申請
[19日 ロイター] 米イーストマン・コダック(EK.N: 株価, 企業情報, レポート)と米子会社は、連邦破産法第11条の適用による事業再編を申請した。

少し前には、同社が「フィルム部門をなくし、デジタル事業に焦点」との組織改編のニュースに接したばかりです。米コダックといえば、富士フイルムと並ぶ世界的な撮影フィルム供給メーカーでした。その看板だったフィルム部門だけでなく、経営自体が破綻したというのですから、写真好きには残念なニュースです。

とはいえ、ほとんどの写真好きの間でも、もちろん使用する機器はすっかりデジタルカメラに取って代わられています。フィルムは一部の好事家が扱うもので、プロや写真愛好家から一般の方々まで、カメラといえばデジタルが当然の時代。でも、長く写真撮影の中心機器だったフィルムカメラが、その座をデジタルカメラに明け渡したのは2002年。たった10年前のことでした。

この年、主要メーカーの年間出荷台数でデジカメがフィルムカメラを上回りました。それからわずか6年後の2008年2月には、業界団体であるカメラ映像機器工業会(CIPA)が、国内メーカーのフィルムカメラ生産・出荷台数統計の発表を停止します。前月の統計では、生産が1580台、出荷は1万1573台と市場がほぼないに等しい状態にまで追いやられていました。一方、デジカメの同年の出荷台数は1億台を突破しています。

160年の歴史を持つフィルムカメラは、上述のわずか数年で事実上の終焉を迎えました。ここまで急激な変化が起こった理由は、もちろんデジカメそのものがユーザーに支持されたからです。ランニングコストの低さやデジタルデータとしての加工性、簡便性、検索性の高さ。デジカメの普及は、人々の写真撮影に対するハードルを一気に押し下げました。面倒な現像もしなくてもいいし、何よりフィルム代もかからない。携帯電話へカメラ機能が「標準搭載」になるのと相まって、誰にとっても写真が身近な時代が到来したのです。

このカメラ市場の姿が、新聞産業の明日に重なって見える人は少なくないでしょう。デジカメに駆逐されたフィルムカメラは、デジタルメディアに対する紙媒体の新聞と共通点がたくさんあります。高コスト、そしてデジタルメディアに比較しての利便性の低さ。新規ユーザーに対する垣根の高さ。固定化したサービス・・・。今の新聞の姿が、悪いイメージで重なります。

紙媒体の新聞は、すでに数年前には「20xx年、新聞は消滅する」なんて言われていましたよね。その予測よりは「長持ち」しているように、今は見えます。もちろん経営は厳しいですが、新聞が消滅したとして、その代わりを務めるサービスなりメディア、報道機関が今すぐにはないのも事実ですし、何よりデジタルメディアにおいても、ニュースやコンテンツを配信しているのは、ほとんどが新聞社をはじめとするマスメディアです。そこがカメラ市場とは違う。紙媒体の売上げに陰りがあっても、ニュースやコンテンツ配信においては、まだまだ我々がシェアを握っている。意識的にか無意識的にか、そう考えて(安堵して)いる関係者は多いことでしょう。

しかし、変化は起こるときにはあっという間です。上述の2002年、当時の民生用デジタルカメラはほとんどが200〜500万画素。現在の主流である1500万画素前後と比べると、おもちゃのような性能で、画質以外の機能でもフィルムカメラにはとうていかなわないものでした。おまけに、高価だった。それでも、ユーザーはデジカメを支持したのです。そこからの技術革新と普及は本当に、あっという間でした。

この事実は示唆に富んでいます。つまり、ユーザーは現状の性能より、未来の可能性を選択する場合があるということです。今は小さなサービスやトレンドであっても、そこにユーザーの支持と技術革新があれば、新聞産業を駆逐するのは「あっという間」である可能性が非常に高い。例えば、ニュース配信の形態は、今のような形でなくてもいいのかもしれません。もっと自由度や利便性が高く、ユーザーが望むメディアやニュースの姿が、いつか現れるとしたら。

SNSやキュレーションサービスなど、その「可能性」はネットに山ほど転がっています。おそらく、きっかけはほんの小さなことでしょう。新聞にできないことを、多くの人が望めば、そのとき新聞は消滅します。フィルムカメラのように追いやられたとしたら、未来の新聞はどうなるでしょうか。願わくば、「新聞が消滅したから、誰にとってもニュースが身近なものになった」などとは言われたくないものです。
 (明神)



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2012年01月18日

「プロフェッショナル」に学ぶ

1月16日にNHKで放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、日本一の給食と呼ばれる学校の管理栄養士・佐々木十美さんが紹介された。

学校給食の予算は1食平均約250円。だが佐々木さんは、その制約の中で、単に栄養価を満たす食事ではなく、「本物の味」を出すことにこだわっている。

何よりこだわるのは、地元の旬の食材を手に入れること。そのために夏場は、山に分け入って天然のフキを採り、さらに契約農家のトマト畑で完熟のトマトを収穫する。青みが残らず、ヘタの付け根まで真っ赤に熟れたトマトは甘みも新鮮さも段違い。そのトマトを、手作業で1つ1つ湯むきし、丸一日かけてピューレを作る。こうして手間をかけることで、予算の壁を乗りこえていく。そのため、調理する負担は大きくなる。現場のリーダーである佐々木さんは、調理する現場の人たちへの配慮を忘れない。休憩時間に出すコーヒーとお菓子にも気を配る。ほんのひと時のリラックスタイムでのコミュニケーションを大事にしている。

佐々木さんには、子供たちに「味覚を広げてほしい」という願いがある。そして本物の味を子供たちに教えていくことを信念としている。子供の時の一食一食が、その子の味覚を形成し、将来の食事を選ぶ基準となっていく。その味覚が貧しければ、その食生活は次の時代にも受け継がれてしまう。地元の産物をうまいと感じ、本物の料理を食べたいと感じる、そんな食文化の根本が子供時代に培われると考えるからこそ、佐々木さんは、本当においしいものをしっかりと教えたいと考えている。

信念をもって、子供たちのためなら努力を惜しまない。子供たちの笑顔で苦労や疲れも吹っ飛ぶという。

佐々木さんの「プロフェッショナル」とは信念を持って、自分にできる範囲の最大のことを一生懸命する。遊び心をもって楽しんで、それがプラスされないといい仕事にならないと思いますね。

新聞業界はまだまだ厳しい状況ですが、「信念を持って、自分ができることを楽しく、一生懸命仕事をする」ことを今年の抱負にしようと思います。(ますだ)

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2012年01月10日

最近の議論・「成人の日」社説をめぐり

産業政策研究会の例会は、2カ月に1度のペースで開催しています。
例会と例会の間は、ネットでの情報収集・意見交換に力を入れています。
目下、1月21日の例会に向けて、「そもそも新聞社の経営とは」
「NIEの意味」「消費増税の行方」といったテーマをめぐり、猛烈な
勢いで議論が進んでいます。どのような形で、その成果をアウトプット
するかを含めて、これからあれこれ相談していきます。

白熱する議論を横目に、個人的にちょっと驚いたのが、「成人の日」の
twitterのタイムラインでした。新聞社の社説が随分、話題に上って
いたのです。ある大手紙が、1992年、つまり新成人が生まれたころに亡くなった
ミュージシャン・尾崎豊を取り上げたのが、きっかけの一つだった
ようです。

その社説自体には賛否両論があり、「そもそも尾崎豊なんて新成人は
知らないだろう」という声も上がっていましたが、各社の社説を並べて
比較している若者もいました。新聞は、ともすれば「オールドメディア」として
ネットの対極に位置付けられ、特に社説は若い人にとって縁遠い存在だろうと
感じていただけに、少しうれしくなりました。

「新成人たちへ それでも同情はしない」
「かわいそう」をはね返せ/新成人の君たちへ」
「成人の日に考える 前へ、明日へ、未来へ」
「成人の日 おおいに発言しよう」
「成人の日 苦難の時こそ好機と考えよう」

各紙の社説は、こんなタイトルだったそうです。

2011年は、日本や若者の将来が一挙に不透明感を増した年でした。
それだけに、社説を書いている中高年(失礼)の論説委員も、
例年にも増して、新成人の未来をそれぞれの視点から懸命に
見つめようとしたのではないでしょうか。

産政研メンバーも「前」を見つめて、さらに議論を深めていきます。
(MOT)
posted by MOT at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする