2012年02月03日

誰のため、何のための新聞か−自己紹介(明神)

あらためまして、自己紹介させていただきます。産政研第2期メンバーの明神です。

生まれも育ちも高知、大学だけ信州は松本市で4年間過ごしました。一貫して、人口20〜30万人という日本のローカル都市で暮らしてきたわけで、ものの見方はどうしても地方に偏っている自覚はある、ことし本厄を迎える団塊ジュニアです。

新聞社入社後は、社会部、整理(編集)部、経済部、支局・・・と編集部門で地域を這いずりまわっていました。折しもバブル崩壊後、過疎と高齢化が不況によってさらに加速度的に進む高知県。「新聞を地域の力に」と駆けまわる毎日でしたが、実力足らず努力も足らず。地域活性化に貢献した実感はあまりなく、「このままでいいのか」「新聞は無力なのか」と自問自答する毎日が続きます。

入社直後から始めたパソコン通信やインターネットは単なる趣味でしたが、その力がメディアにとって無視できないものになっている実感が強まっていた5年前、初めて編集を離れ、メディア情報部に異動。「新聞」の存在がきしみ始めた当時、自分にとってもタイムリーな変化で、生まれて初めてコスト計算を念頭においての事業企画やウェブの仕事は、本当にやりがいがありました。ちょうど業界的にも、多くの社が電子新聞やSNS構築に興味を持っていたころで、新しい事業に乗り出す、まさに新聞を変えられるかもという期待感に満ちた仕事だったのです。

でも、それはわずか1年間ぐらいのことでした。リーマン・ショックを端緒とする世界経済の冷え込みは、日本のいち地方新聞も直撃したのです。毎年、職場の人員が減り、部の所属局も転々と変わり、事業予算は目を疑うばかりに減少しました。そしてメディア部門は特段の成果も挙げられず、縮小再整理。私はあえなく編集へとんぼ返りとなりました。

新聞社がウェブ事業に乗り出すことに賛否はあると思いますが、私が最もがっかりしたことは、「否」とする(内部的な)声の根拠のほとんどが「採算が合わない」だったことです。実際、ほとんどの社が、ウェブ事業を(収支的に)失敗と位置づけました。うまくマネタイズできた事例であっても収益は大したことがないのも事実。この新聞社経営の危機的状況に、そんな「お遊び」をやっている場合ではない、という風に思う人もいることでしょう。

私は、新聞の仕事とは、「人から人に伝えること」だと思っています。本来はとてもシンプルなこと。誰かが聞いてほしいと上げた声を、それを必要とする人に、過不足なく伝えること。伝わった声は、伝えられた人に変化を与えます。それを元にまた、人は新しい声を上げます。だからこそ人間で、だからこそ社会なのだと。いくら声を上げても、誰にも伝わらないような社会にはしてはならない。それが私たちの使命なのだと思っています。

そして声を伝えるのならば、媒体はもちろん紙でなくてもいいのです。新聞は今の形態が最も多くの人に効率的に、効果的に「声」を伝えることができたから、紙媒体を選択しているだけで、それが電波でも電子でも、ウェブでも肉声でも、何だっていいですよね。人に、必要なものごとが伝われば。伝えることができれば。

新聞産業はいま、苦しい時です。もちろん、経営が立ち行かなくなって、新聞発行ができなくなるのは最悪の事態です。どんな綺麗事を言ったって、発行できなければ、誰にも何も伝えられません。「新聞を出すために稼がなきゃいけないんだ」という言葉は、内部の人間にはほとんど強制的な言葉に響きます。

でも、こんな時だからこそ、誰のための何のための新聞か、考えよう。読者が減り、マスコミ不信が広がり、経営が厳しい今だからこそ、どうすれば人から人へ「声」を伝えられるのか考えよう。そのためにどうやって収益を上げるか考えよう。

必要なら紙を捨ててもいい。新聞発行は手段であって目的ではないのです。「新聞を出すために稼ぐ」ではなく、「人に伝えるために」なのです。

では、人々が求める、新しい新聞の形とはどんなものだろう。それが事業として安定的に成立するには、どうすればいいだろう。そう考えて、産政研で勉強したいと思いました。

というわけで、本当にお前記者かよという取捨選択のできていない長文で申し訳ありませんが、今後もこんな感じだと思います。ウェブって字数制限がないのがほんとうに素晴らしいですよね。これからも末永く、お付き合いくだされば幸いです。
(明神)



posted by MOT at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバープロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする