2012年03月14日

震災は続く…あれから1年

久しぶりのブログ投稿です。

皆さんは3月11日をどう過ごされましたか? 私は、前任地である青森県弘前市で、
追悼セレモニーに参加していました。なぜ、直接の被災地でもない津軽地方でセレモニ
ー…? 同市は、市民有志や大学教員が中心となって、ほとんど何のつながりもなかっ
た岩手県野田村の復旧支援に立ち上がり、縁をつむぎながら、各地を支えてきたのです
(私は、紙面で少しだけ、それをお手伝いしました)。野田村では38人の方が亡くなり
、村中心部の半ばが津波に洗われてしまいました。

セレモニーでは岩手県や宮城県から避難・転校してきた方々が、祭壇に火を灯し、花を
捧げました。ちなみに、弘前市も震災発生直後の大停電と、その後の物資・ガソリン欠
乏には随分、苦しめられました。

「私たちはいったい、誰のため、何のために新聞をつくっているのか?」。狭義の被災
地に限らず、全国の新聞の作り手が、それを強く強く自問自答したはずです。そして、
その問いはそのまま、私たちが続けている産業政策研究の核心につながっています。だ
からこそ、今期の研究テーマとして、私は「震災とメディア」を選びました。問題軸や
情報が多すぎて、リポートをまとめきれるかどうか、全く自信はありませんが…。

「3.11」から1周年をすぎ、震災が風化していくことを恐れています。震災は、今
まさに進行中であり、考えようによっては拡大を続けています。去年の今ごろを思い出
しましょう。計画停電があり、物資の欠乏があり、死者・不明者の概要すら定かではあ
りませんでした。「あれから1年」という言葉は、今年の3月11日以降も、重い重い
意味を持っているのではないでしょうか。

あらためて、亡くなった方々のご冥福を祈り、避難生活や放射性物質の脅威に苦しむ皆
さまの心中をお察ししつつ、「今、自分ができること、なすべきこと」を、わずかずつ
でも積み上げていければ−と思います。(MOT)

追記 ここまで書いてブログをアップしようと思ったところへ、14日午後6時すぎ、
三陸沖を震源とする震度4(北海道、青森、岩手)の地震が発生しました。青森県の
八戸港では20センチの津波も…。まだまだ震災は続いているし、「地震多発時代」が
当面、終わらないであろうことを、去年の今ごろの不安、苦しみの記憶とともに
銘記する必要を痛感しました。

追々記 先の地震から約3時間後の3月14日午後9時5分ごろ、今度は茨城県や
千葉県で震度5強の地震を観測しました。本当に、日本は危険な状態になって
しまっているのかもしれません。皆さま、非常用持ち出し品の準備など、地震への
備えを、くれぐれもお忘れなく…!


posted by MOT at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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