2012年06月03日

「自分を否定しない」−新藤兼人監督を悼む

 映画監督の新藤兼人さんが29日、亡くなった。享年100歳。昨年、99歳にして「一枚のハガキ」という作品のメガホンを自ら取り生涯現役を貫いた映画人生だった。広島県出身で「原爆の子」をはじめ、反戦や平和をテーマにした数々の名作を送り出した名監督で、尊敬する映画人の一人だった。

 今朝(31日)付の朝刊各紙に新藤さんの「評伝」や「追悼」が掲載されたが、共同通信の立花珠樹編集委員の評伝を読んで胸が熱くなった。

 立花さんは2011年、「新藤兼人 私の十本」とのタイトルで連載企画を配信。新潟日報をはじめ多くの地方紙が掲載し、同名著書が同年夏に出版されている。立花さん執筆の評伝は、この著書のエキスが詰まっているような渾身の原稿だった。

 新藤さんは、幼少期の生家の倒産や駆け出し時代のシナリオライター失格宣告、独立プロの破産など何度も挫折を経験している。その都度不屈の闘志で乗り越えてきた大監督を支えたのは、映画への愛と、先だっていった家族や戦友らのために、生き残った者が頑張らなくてはという気概だったと、立花さんは紹介している。

 著書の中には忘れられない新藤さんの言葉がいくつかある。若い人たちに贈りたい、と語った

「シナリオを書いて、ダメだと言われたときに、自分で自分を負けに追い込むようなことを思わないでくれ」(共同通信社刊「新藤兼人 私の十本」)

という言葉がその一つ。もう一つは

 「とにかく自分を否定してはいけないという気迫なんですね」(同)

というフレーズだ。
 立花さんはこの2つの言葉を紹介しながら、新藤さんのたくましく生き抜いてきた力を「自己肯定力」と分析している。
 心身共にぎりぎりになったときなど、何度も表現者としての新藤さん生き様と「自己肯定力」という言葉に救われた。力いっぱい映画を愛し生き抜いた新藤さんのご冥福をお祈りします。合掌。
(大日方)

posted by MOT at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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