2013年03月13日

新聞記事にできること

 新聞社で働く私たちは、なかなか新聞が売れない現実に少なからぬ不安を抱いています。この不安は、新聞労連の産業政策研究会活動の原点であり、研究会のメンバーは日々、「どうやったら新聞がもっと売れるようになるのか」「新聞以外のビジネスで新聞社が生きていく道はないのか」と頭を悩ませ、議論を重ねています。

 人口減、活字離れ、スマホの普及…私たちはつい、新聞不況の原因を外部の環境に求めがちですが、私たちの主力商品である新聞、その付加価値の源泉である新聞記事の「質」についての議論からは逃げてきたような気がします。私たちが日々書いている記事は、本当に読者の期待にこたえる付加価値を提供できているでしょうか。

 私がいま所属している新聞社(経済部)では一昨年ごろから、記事の「質」を見直す取り組みに本腰を入れています。だれが読んでも分かりやすく、すっと頭に入ってくる文章を心がけようというものです。

 10年前の自分の記事を検索したら、こんな文章が出てきました
<企業の資金調達コストや住宅ローン金利の上昇は、設備投資や個人消費の回復阻害要因にもなる>
 漢字ばっかり。熟語ばっかり。思わず目をそらしたくなります。今ならこう書きます
 <金利が高くなると、企業がお金を借りて工場を建てるのが難しくなり、住宅ローンの返済もきつくなる。かえって景気の足を引っ張ってしまう>

 10年前の私は「経済面の記事なんてどうせ読む人しか読まない。だからプロ同士で通じる言葉遣いで十分なんだ」と思い込んでいました。その考えが大いなる誤りであることを気づかせてくれたのが、池上彰さんブームでした。難解なニュースを分かりやすく、かみ砕いて伝えてくれる行為を、実は多くの日本国民は待っていたのです。「プロの話はプロに」という新聞記者(とりわけ経済や政治、外信記者)の思い上がりが、読者の潜在的な欲求を感じ取るセンサーをまひさせ、本来、新聞が最初にやらなければならなかったことを、池上さんにやられてしまったわけです。

 私たちは今、遅ればせながら読者に寄り添う記事の追求を始めています。読者の方から「○○新聞の経済記事は読みやすくなった」という反響が寄せられるととても嬉しくなります。もちろん、記事の書き方を少し変えただけで新聞が売れるようになるほど現実が甘くないことは分かっています。ただ、私たちが「読者に寄り添う記事はどうあるべきか」を考え抜き、記事の質を高める日々の努力を怠らないことは、毎月数千円の購読料を払って新聞を読んでくださっている読者に対する、新聞記者の最低限の責務ではないでしょうか。
(てつ)



posted by MOT at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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