2013年02月04日

1月のひろいよみ(1月1日〜31日)

▼日刊スポーツ印刷、日刊スポーツロジテム合併(新聞展望 1月11日付) 
 今年4月1日付で、日刊スポーツ印刷が発送会社の日刊スポーツロジテムを吸収合併する。両社は日刊スポーツ、朝日新聞のほか各種専門紙の制作・印刷・発送・輸送を分業してきたが、合併で紙面制作から輸送まで、新聞製作の総合サービスが可能になる。

▼朝日新聞「デジタル本部」「メディア・ラボ」を設置へ(文化通信 1月14日付) 
 朝日新聞社は6月、デジタル事業本部や報道局等の機能を再編し、「デジタル本部」(仮称)を設置する。また、国際本部をデジタル本部に統合して、アジア向けを中心にデジタルでの国際発信力を強化する。このほか、企業買収や事業展開を考えるための「メディア・ラボ」(同)も社内に誕生させる。

▼中国、神戸が援助協定(ジャーナリスト新聞 1月21日付) 
 中国新聞社と神戸新聞社は1月17日、緊急事態発生時の相互援助協定を締結。中国新聞社はこれまで、山陽・新日本海・山陰中央との4社間協定、中日、西日本、山陽、愛媛との2社間協定を締結。神戸新聞社は、京都、徳島との2社間協定を締結している。

▼朝日新聞 Yahoo!で有料記事を販売(東京情報 1月28日付) 
 朝日新聞社は1月23日、「ヤフーニュース」の有料ニュース配信サービスで、朝日新聞デジタルの主要ニュースを選んで配信する「朝日新聞デジタル SELECT on Yahoo!ニュース」の提供を開始した。利用料金は月額380円(税込み)。

▼産経が災害援助支援協定を神戸新聞、京都新聞と締結(東京情報 1月28日付) 
 産経新聞社は1月23日、京都新聞と神戸新聞社との間で、緊急事態の際の新聞発行に関する相互支援協定をそれぞれ締結した。
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2013年02月03日

【お詫び】

【お詫び】

1月26日の例会で、ツイート実況を行いました。この中で、三浦伸也氏の講演でのご発言について、一部誤解を招く表現があることが、閲覧いただいた方の指摘で分かりました。このため、当該の元ツイートおよび、まとめに掲載されたツイートを削除する対応を取りました。お騒がせいたしました。三浦氏と関係者の皆様にお詫び申し上げます。

産業政策研究会座長 櫛引 素夫


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2013年01月30日

産政研例会(2013年1月26日)の実況記録がアップされました

皆さま

今回はうっかり、告知を忘れたのですが、1月26−27日に産政研の例会がありました。事後報告になって申し訳ありません。

26日のパートは、協議の概要と、電通総研・北原利行さん、独立行政法人防災科学技術研究所・三浦伸也さんの講演の様子を、明神研究員がtweetし、@gappaiyasuさんがまとめて下さいました。

http://togetter.com/li/445542

@gappaiyasuには毎回、「まとめ」でお世話になっています。ありがとうございました。

(MOT)


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2013年01月19日

18年

1月17日、阪神大震災の発生から18年を迎えました。あらためて亡くなられた方々におくやみを、被災者の皆さんにお見舞いを申し上げます。

あの日、私は入社1年目の駆け出しの記者でした。デスクの指示で、当時大阪に住んでいた友人に、つながりにくい電話を何度もかけました。友人への久しぶりの、それも安否を気遣うような連絡が、仕事絡みのものとなってしまった後ろめたさを感じたことを覚えています。

あの時、私たちの地方紙を含め、日本中の新聞やメディアが毎日、膨大な量の報道を行いました。新聞は大量の紙面を割いて特集記事を掲載し続け、被災状況や救助の前線のもようや支援策について、多くの情報を流し続けました。

その2カ月後には、地下鉄サリン事件が起こります。大変な年でした。特集紙面態勢は、半年ほども続いたでしょうか。毎日、巨大な見出しや写真が踊っていた紙面は、徐々に日常へと戻っていきました。もちろん、震災関連記事は掲載され続けましたが、 被災地が復興に向かい、落ち着きを取り戻すに連れて、 そのボリュームは日に日に減って行きます。

そして震災から1年、2年、数年。被災地の外では、すべては日常にかえりました。人々は震災のことを忘れていきます。 紙面にも「被災者支援」よりも「復興」の文字が多くなり、あるいは、記事が載ることも少なくなっていきました。

でも、例えば「孤独死」が大きな問題となった仮設住宅がすべてなくなったのは、震災から5年も経った2000年のことでした。実際には避難生活を続けている人がいるのに、被災地外の新聞紙面では、その実感をちゃんと伝えていたでしょうか。

大量の報道は、時が過ぎれば忘れられていきます。被災地から離れた場所では、あるいは仕方ないことかもしれません。それまでの新聞報道によって多くの情報を読者に提供できたのは事実でしょうが、一時的に目もくらむような量の報道をして、時期が過ぎれば、それがあったことすら忘れるような扱いになってしまう。そんな紙面の移り変わりに、駆け出しの記者だったこともあり、違和感を感じたのも事実です。

震災報道にはたくさんの問題点もありました。被災者への心ない取材やメディアスクラム。初期の混乱時の事実誤認。日々の事実確認に追われ、顧みられることが少なかった追跡報道や、記事の検証。大枠の話に集中し、被災者の小さな声をすくい上げる努力の不足・・・。私たち新聞を作る側は、それを折りにふれ見つめ直し、反省材料としてきたはずでした。

それは、「はず」にすぎなかったのか。

そう思ったのは、言うまでもなく、2011年3月11日以降からでした。阪神を上回る規模の未曾有の災害、東日本大震災。その直後から新聞が始めた膨大な量の報道は、16年前とほとんど重なるようなものでした。圧倒的な被害を伝える紙面には巨大な見出しや写真が踊り、目もくらむような量の記事が毎日、掲載されました。

そして、東日本大震災からもうすぐ2年のいま。当時の報道がうそのように、震災関連の記事の量は少なくなっています。被災地では今も困難に直面し、進まぬ復興に怒り、その声を十分に上げられない人がいます。 一方で被災地から遠い地では、日常に紛れてすでに、あの日のことを忘れそうになっています。

あの時と、そっくりそのまま同じ光景が、新聞紙面で繰り広げられているようです。私たちは、「阪神」から「東日本」への16年間に、何をなし、そしてなさなかったのでしょうか。

時とともに少なくなる記事と、薄れていく読者の関心は比例します。どちらが先かはわかりませんが、ただ、絶え間ない報道によって、その関心をつなぎとめることはできるはずです。

大きな事件や災害が起こるたび、新聞人は自問するはずです。「新聞に何ができるのか」。その答えはわかりませんが、「新聞が何をしてきたか」「何をしてこなかったか」は、しっかりと、この18年間に答えがあります。

 (明神)


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2013年01月13日

年越しそばと新聞広告



「新聞広告を見て、お客さんが来てくれたよ」というクライアントからの言葉は新聞広
告の営業マンにとって何よりうれしい。しかし「広告を出したのに反応がないよ」と言わ
れることもある。
 
年末に年越しそばの企画特集をやり、多くのお蕎麦屋さんに新聞広告を出してもら
った。その中で「忙しい時に広告を出してもお客さんの対応ができず、逆効果になるか
ら、年末は広告掲載を検討したい」という声があった。12月27日に広告が掲載になり、
その時点でさらに注文があっても対応できないという。もともと人気のあるお店だったた
め、年越しそばの注文は25日にピークになり、その後に広告を出す必要がないのである。
売れすぎている商品はPRする必要がない。売ろうしている商品をPRして効果を出すのが
広告であるとあらためて感じた。結局、店主との話で、広告を出す時期を早めれば、注文
数が増えても対応ができ、広告が逆効果にならないのではないかという今年の年末への道
筋が見えてきた。

今年は昨年以上に、クライアントに喜ばれるような新聞広告を企画できるように頭と足
を使いたい。
 (ますだ)


posted by 明神 at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする